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もう既にやる気ない

ありきたりなワーホリブログ

絶対に日本語を喋ってはいけないフィリピン生活初日。

世界一周の反動で、海外を観光する事に全く興味の無くなってしまった僕は英語習得の為にフィリピンへ。
期間は3ヶ月。

詳しい詳細を書くと身元がバレるので、ざくっと説明しますと、フィリピンのバギオと言った地域にある小さな学校。
学校のポリシーは、少数精鋭で徹底的に英語の基礎を叩き込む。

そして、EOPと言ったEnglish Only Policy.

その為、滞在中は授業の無い休日だろうと、生徒同士、一切日本語を喋ってはいけない。
もちろん緊急時以外、日本にいる家族や友達との日本語での通話も禁止。
(メールなどのメッセージなら日本語可)

少数精鋭だけあって、当時の全校生徒は僕を含めた日本人6人のみ。

何故、僕がこのスパルタ学校を選んだのかと言うと、ここまで徹底的に自分を追い込まないと、自ら進んで英語の勉強をしないと思ったから。

その思惑通り、入学初日の僕は珍しく追い込まれていた。

まずは先生によるクラス分けがあったのだが、有無を言わず超初心者のThis is a penクラスへ。
次に、学校内のルールやら何かを英語で僕に説明。
99%理解できなかったが、僕が死ぬまで説明されても同じ事なのでアンダースタンドと言って済ましました。

まあ、この辺は想定内なので特に気にはならなかったのですが、問題は日本人との英語での会話でした。

朝食、休み時間、昼食、夕食、寝る前の団欒、当たり前だけれども皆さん英語を喋っている。
そして、僕以外の日本人は留学3ヶ月以上とレベル高め。
Good morningとかHelloしか知らない僕は、英語での会話に入っていけず完全に空気。
ただ、僕位のレベルになると例えそれが日本語だとしても会話に入れないので同じ事だったかもしれません。

何個か前の記事で、今までの人生の中で2番目に大問題だった事は、中学1年の時に英語の授業が始まった事と言いました。
で、今までの人生の中で1番の大問題はこの日です。

日本語が喋れない、皆との英語での会話に入っていけない。
気を利かせて簡単な英語で話しかけてくれるけれどもYesかNoでしか返せない。

やべぇ…
と思いつつ長い1日が終わり、下腹部に軽い痛みを感じながら自分の部屋に戻る。
生徒の人数が少ない為、1人に1部屋が与えられ、4人部屋とやや大き目の部屋にあるベッドに腰を掛けた。

中学校1年の時「生麦、生米、生卵」が3回言えずに泣いてしまったユウタ君の気持ちが17年越しに僅かながら理解できた所で、ユウタ君抜きのライングループに連絡。


「帰りたい」


軽く既読スルーされた僕は、英語の勉強をせずに早めに就寝。



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